大阪・関西万博 危機管理センターの運用を支えた気象予報士の常時監視と
リスク判断支援――「安全」と「止めない運営」の両立
公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 危機管理センター 様

日本気象株式会社は、2025年日本国際博覧会(以下 大阪・関西万博)における運営参加ブロンズパートナーとして、大阪・関西万博の安全で円滑な運営を気象・防災の面から支援しました。
海上の人工島にある万博会場は、周辺の気象庁の観測地点とは気象特性が異なるため、場内の実際の観測値を把握・共有できる体制が不可欠でした。そこで万博会場内に観測機器を設置し、雨量・風向・風速・気温・湿度に加えて、WBGT(暑さ指数)を算出するための黒球温度の観測も実施し、観測データを元にした高精度な熱中症危険度予測を提供しました。
また、大阪本社の予報監視センターでは、会場周辺の気象状況を常時監視・解析し、落雷・大雨・強風など運営に影響し得るリスクを継続的に把握。当日の見通しと注意点を毎朝分かりやすく共有するともに、リスクが高まった場合は博覧会協会への緊急通報を行いました。特に落雷リスクへの対応では、私たちの判断が万博のシンボルである大屋根リングの入場規制や屋内退避に直結しました。
来場者の安全を確保しながら、できる限り万博を楽しんでいただくこと。その両立という難題に対し、博覧会協会と協議を重ねながら、高い緊張感の中で業務を遂行しました。
こうした日本気象の支援は、現場運用の中で実際にどのように機能していたのか。私たちは「公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 危機管理センター」の運営を担われていたお二人に取材し、その実像を伺いました。

公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 危機管理局 成田 友 氏(写真右)、辻井 裕 氏(写真左)
数十万人の安全と「体験の場」を守り抜く
――危機管理運用が背負う「気象リスク」対策の使命

公益社団法人2025年日本国際博覧会協会は、大阪・関西万博の開催・運営において、来場者の安全を最優先にしながら、体験の場として運営を止めずに継続することを使命としていました。その中核として設置したのが「危機管理センター」です。協会職員を中心に、警備隊・救護隊、さらに警察・消防・自治体など関係機関と連携し、情報をほぼリアルタイムで共有する体制を整備しました。危機管理センターには、状況判断を現場の動きに落とし込む“危機管理運用の司令塔”としての役割が求められていました。
この運用の中で避けて通れなかったのが、暑さ・雷・風を中心とした気象リスクです。会期が夏をまたぐ万博では、十数万人の来場者にいかに安全に過ごしていただくかが大きな課題でした。責任ある運営判断を行うには、気象情報を重要な判断要素として取り込み、専門家の知見を日々の運用に反映させる必要がありました。そこで日本気象に相談し、運営に寄り添うパートナーとして支援を依頼。広大な会場と多数の来場者がいる会場での安全確保を見据え、落雷リスク監視業務の受託も含め、運用に直結する支援体制を整えていただきました。
単純な“安全優先”が会場の混乱を招く
――運営全体に波及する大規模イベントならではの気象判断への葛藤

気象リスク対策の難しさは、「危険か安全か」だけでは割り切れない点にあります。万博は関係者が多く、動線も複雑で、行列などの滞留も起きやすい環境です。気象の変化に応じて“止める/止めない”を単純に切り替えると、会場全体の動きに大きな影響が出ます。安全側に判断を寄せるほど、来場者の流れや誘導、行列の発生場所にも影響し、混乱を招きやすくなる。つまり「安全を優先する判断」そのものが運営全体に波及することが、難しさの本質でした。
中でも雷は、特に判断の難しいリスクでした。遠方の雷でも条件次第ではリスクになり得る一方、イベント延期・中止や大屋根リングの入場規制といった強い措置は、来場者の体験損失につながる可能性があります。来場者が多いほど誘導には時間がかかり、判断は運営全体に直結します。求められたのは、「危険度を段階的に扱うこと」と、「落雷が起こるのか」「いつまで続くのか」を見極めることでした。
暑さへの対応も大きな課題でした。近年の夏は厳しく、どの程度暑くなるのか、熱中症などで体調を崩す方がどの程度出るのかという懸念がありました。しかも問題は単純な高温だけではありません。いったん暑さが緩んだ後に再び暑さが戻ると、体調不良者が増えやすくなります。医療救護の受け入れには限界があるため、事前の予測と準備が重要でした。

風もまた、見えにくい要素がそろっていました。臨海部で当初から「風も強いだろう」という想定はありましたが、建物内にいると外の風は実感しづらく、場所によって吹き方も異なります。現場の体感や報告は貴重である一方、リング上などの高所では地上と条件が異なり、同じ会場内でもリスクの見え方に差が出ます。さらに、一瞬の強風なのか、しばらく続くのか――その見極めは感覚だけでは難しく、意思決定を迷わせる要因になりました。
加えて万博は約6か月間、私たちにとっては“一夏だけ”の運営です。毎年の積み上げで成熟していく運用とは違い、開幕後に見えてきた課題が、そのまま日々の判断の重さになります。新たなリスクに次々と向き合う中で、判断の遅れや迷いは現場の滞留や負荷に直結する。そのプレッシャーが常にありました。
日本気象の常時監視とホットラインが迷いを断つ
――気象予報士の「先回り通報」が支えた現場の意思決定
私たちは、日本気象の支援を運用の土台に据え、危機管理センターの判断が現場の適切な動きにつながるよう整備を進めました。
雷対応では、会場規模や誘導に要する時間を前提に、危険度を3段階で扱う「レベル運用」として整理し、段階ごとの対応をガイドライン化しました。雷の兆しを捉えた段階で大屋根リングから来場者を降ろすなど、混雑状況も見ながら規制の強弱に幅を持たせ、並ぶ場所を屋根のあるエリアへ寄せるなどの、現場への影響を見据えた調整をしていきました。
ただし、枠組みを整えただけでは十分ではありませんでした。雷雲が近づいたという理由だけで移動や制限を繰り返せば、会場全体の動線や現場対応に過度な影響が出ます。雷の動きは単純ではなく、会場を通るのか、どの方向へ進むのか、まだ時間があるのか――その都度の確認が必要です。さらに、雷は遠方から接近するだけでなく、会場付近で突然発達し、初動の一発目が近距離に落ちるケースもありえます。アラームだけでは捉えにくい“突然の落雷”リスクがある以上、レベル運用を現場で機能させるには、確度の高い判断材料と通報の仕組みが欠かせませんでした。

そこで日本気象には、危機管理センターからの照会に応じた落雷リスク予測に加え、危険度が急上昇する局面での先回り通報を担っていただきました。急な雷雲の発達時には、日本気象から危機管理センターへ緊急通報が行われます。さらに、センター側からの照会に対しても、「雷雲の進行方向」「会場を通るか」「どの程度時間があるか」といった状況整理と判断支援を受け、私たちはその見立てを最終確認として活用しました。これにより、3段階運用を気象変化に即して実行しやすくなり、機械的な発動・解除ではなく、根拠ある判断に基づく運用へとつながりました。
また、危機管理センターに日本気象との専用ホットラインを設置しました。必要なタイミングで専門家に直接相談できることで、「今どの危険度が適切か」「いつまで避難を続けるか」といった難しい判断にも、説明できる根拠を持てるようになりました。結果として、意思決定から現場実行までの流れがよりスムーズになりました。
運用を続ける中で、来場者の安全を守る範囲が会場内だけではないことも明らかになりました。開場前、ゲート前で長時間の滞留が生まれる状況で雷が接近すれば、危険が高まります。そこで避雷ドームを追加設置し、会場外も含めて先回りの対策を講じました。
暑さへの対応では、日本気象のWBGT実況・予測データをもとに、救護・休憩施設の受け皿を事前に増やす判断を行いました。特に、暑さがいったん緩んだ後に再び上がる局面では体調不良者が増えやすいため、朝の段階で医療側と見通しを共有し、準備を厚くすることができました。

風への対応では、屋内の危機管理センターで気づきにくい変化を、会場内の観測データで補いながら意思決定しました。風向・風速の観測値や予測値を確認し、強くなることが予想される際は現場の状況も確認して対策を実施。逆に現場から気づきや報告があった場合も、観測値で裏付けを取りながら対応を判断しました。現場とデータの両方を使って運用することで、高所の安全管理や飛来物(日傘・帽子など)への備えにおいて、判断と実行のスピードが上がり、運用の安定につながりました。
こうした取り組みにより、私たちは会期中、気象リスクが発生する中でも会場運営をなるべく“止めずに”継続することができました。通期で判断を崩さず積み上げられたのは、日本気象の監視・観測・予測・通知・共有の基盤が、日々の意思決定を支え続けたからです。
そして何より大きかったのは、危機管理センターの運用が精神的にも安定していったことです。必要な時に専門家につながり、根拠を言語化し、安全のための確かな対応策を持てる。その安心感が判断の迷いを減らし、継続運用の強さに直結していました。
日本気象の伴走と判断支援が、
運営の生命線
大規模イベントの危機管理は、マニュアル通りには進みません。天候は刻々と変わり、会場の状況も日々違う。その中で求められたのは、気象を読み、運用に落とし込み、納得をつくり、現場を動かす総合力でした。
その実装を最後まで下支えしてくれたのが、日本気象の伴走です。監視・通報体制に加え、必要な時に繋がるホットラインがある。私たちの危機管理において、その支援は会場を安全に運営していくためのまさに「生命線」でした。

公益社団法人2025年日本国際博覧会協会 危機管理局 成田 友 氏(写真右)、辻井 裕 氏(写真中央)
日本気象株式会社 気象防災課 佐藤 伸亮(写真左)

